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残された時間で「遺す」ブログ

歩行訓練

January 2021


 

<術後1日目>

手術翌日から歩かされるらしいと聞いていた私は病棟に戻った時からいつそれを切り出されるんだろうとびくびくしていた。

そんな時

 

明日から歩く練習しましょうねー

 

と明るく言う看護師さんに心底ホッとした。

やっと寝返りが打てるようになったレベルでまったく歩ける気がしない。

 

<術後2日目>

相変わらず歩ける気はしないが、ベッドから降りようと試みる。

ベッドの上で身体をまっすぐに立てようとしたとたん急にふらつき練習は中止。

術後貧血が改善しなくてこの頃はヘモグロビンが5台だった。

 

<術後3日目>

硬膜外麻酔を抜きましょうと言われ断固拒否。

明日まで待ってくださいぃぃと泣きつく。

 

さすがに今日は歩かないとダメだろうと点滴棒に全体重をかけて立ち上がる。

立てた!けどなんかお腹が重い。

そこからヨロヨロと点滴棒につかまりながら部屋の中を3往復ぐらいする。

看護師さんはすごいすごい!とほめてくれたが、あぶないからと点滴棒禁止令が出た。うぅぅ…。

 

<術後4日目>

硬膜外麻酔を抜きますねの宣告にまたも抵抗するも「これ、もう空っぽだよ」

 

知らぬ間に麻酔なしで過ごしていたことを知りおとなしく抜いてもらう。

同時にバルーンも抜いてもらって身軽に。

 

自力でトイレに行かなきゃいけないのでそれが歩く練習になり一石二鳥?だった。ちなみにトイレは部屋の中にあるので大した距離ではない。

みんな(Twitter)、3,000歩とか歩いてるらしく尊敬する。

 

<術後6日目>

病室お引っ越し。

新しい病棟がオープンし、婦人科病棟はまるごとそっちに引っ越すことになっていた。

結構距離があるので歩いていける自信がなく車イスで連れて行ってもらうことにした。

え、まだ歩けないの?という看護師さんからの視線を感じた気がする。

 

進歩したのが、新しい病棟に来てからは部屋を出てフロアを周回するようになった。

ちょくちょくA先生が部屋に来てくれてどれぐらい歩けるようになったか確認されるのがプレッシャーになっていた(もちろん盛って申告)

 

<術後7〜10日目>

フロアぐるぐるから遠出作戦に変更。

引越し前の建物に行ったり院内のローソンに行ったり。

 

こうしてゆるく歩行訓練をしているうちに退院の日がやってきた。