Everything Went Fine

残された時間で「遺す」ブログ

普通じゃない

January 2021


 

手術してもらおうと転院を決めた病院には腹腔鏡の権威のような先生がいるらしい。

 

そんな偉大な先生が私なんかの手術を引き受けてくれるんだろうか、そもそも予約取れるんだろうか…

恐る恐る電話をしてみると意外にもあっさり2日後の予約が取れた。たまたま運がよかったのかそういうもんなのか、いずれにせよ時間がない私にはとてもありがたかった。

 

緊張と期待の入り混じる診察の日。

これまでの検査結果を抱え片道2.5時間かけて病院へ向かう。

 

高速を下りて街中を走っていると

なんか綺麗なホテルがあるなぁー

と思って見ていたところが目的の病院だった。

 

病院内もとても綺麗で、それでいて暖かく

昔の「暗く無機質な病院イメージ」はもう古いんだなぁとしみじみ感じたものだったが

ここが特別だったということを次の病院で嫌と言うほど思い知らされる…

 

さて

吹き抜けにかかるエスカレーターに乗り婦人科のフロアへ。

診察まで1〜2時間待った気がするけど居心地良すぎてまったく苦にならなかった。

 

そしていよいよ診察。

中に入るとそこはなぜか診察室と診察室の間?の空間。簡単な机と小さな丸椅子、奥の台にはいろんな書類や器具が並んでいる。

その小さな丸椅子にチョコンと腰掛けている術衣のようなものを着た先生。…なんか少し面食らってしまった。

 

「ごめんなさいね〜。手術でお待たせして」

手術の合間に外来をこなすスタイルらしい。

(体力半端ない)

 

そして穏やかな口調で

・画像をじっくり見たが転移はなさそうなこと

・サイズ的にぎりぎり腹腔鏡手術ができること

を話してくれた。

 

ホッとしたがこのあと私は怒られる

それは軽く口にした一言。

 

「排尿障害を防ぐ縮小手術ができるんですよね?それがいいな〜と思って。」

 

たぶん言い方も悪かったのだろう。

 

先生の顔色がサッと変わり

「それはもっと初期の段階。あなたは生きるか死ぬかの瀬戸際にいる。もっと自覚を持った方がいい」

ピシャリと言われた。

 

正直驚いた。

縮小手術を口に出すことも許されないぐらいに悪いんだ…

 

この時の認識はまだ「普通」のがんでステージ1

この病院でのステージ1の5年生存率は95%

助かることに何の疑いも持っていなかった頃。

だからこそこの先の長い人生、後遺症に悩まされることなく暮らしたい。そのための病院選びをしてここにきたというのが本音だった。

 

先生はまたすぐに元の穏やかな雰囲気に戻り、話題は組織型の件へ。

 

前の病院では判別不能だった組織。

まぁ分からなくても手術はできるんだけど…と画像をじっと見ながら

 

「これ、普通じゃないんだよねぇ」

 

普通じゃない…。

 

4cmある腫瘍の2/3が壊死している。

壊死 = いいこと

まだそう思っていた私は、生きてる部分だけだと2cmないな…ステージ下がったりするのかな?

とかバカなことを思い浮かべていた。

 

先生はそれを見透かしたように

 

「壊死っていいことじゃないからね。むしろその逆。ガン細胞の増殖が早すぎて成長に必要な酸素が足りなくて死んでいってる状態。つまりそれだけ活発だということ」

 

…何だろう。

背筋が氷るってこういうことを言うんだな。

とてつもなく大きな悪材料を出されたのに、頭が上手くまわらない。

そしてとなりの夫はたぶんなんだかわかっていない。

 

さらに続ける先生。

「肉腫…とか…」

 

肉腫…(聞いたことない)

 

「ま、なんだかわからないけど手術でとるしかないね」

 

こうして初めての診察は終わった。

 

このときの私は

肉腫って何だろう??

それにしてもやっぱり先生ってすごいんだな。

画像だけで組織の見当がつくなんて。

 

とまだまだのんきに構えていた。